人生の《処方箋的》映画考

この「ままならない人生」を歩むとき、一つの映画がそっと、背中を押してくれる時もあれば、優しく寄り添ってくれるときもあります。 心を癒し、また、鼓舞してくれる映画を中心に、感想を綴っています。

「グラン・ブルー」(完全版)何かにとり憑かれた男には要注意!

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  作品情報 

 

原題   Le Grand Bleu

監督   リュック・ベッソン

脚本   リュック・ベッソン 他

出演   ジャン=マルク・バール

     ジャン・レノ

     ロザンナ・アークエット

公開   1988年8月20日

時間   168分

制作   フランス・イタリア

 

  あらすじ 

 

10歳でイルカに出会い、17歳でグラン・ブルーを見た青年が 29歳で全世界を夢中にさせた-- リュック・ベッソンの原点『グラン・ブルー完全版』たった一度の呼吸で、グラン・ブルーという誰も到達することのできない、 巨大で深い世界へ潜っていく二人の男。 彼らの名は、ジャック・マイヨールとエンゾ・モリナリ。 どちらがより深く、より長く潜っていられるのか-- 最高の友でありライバルだった熱い男二人と、その男たちに魅せられた一人の女の愛の物語。                              アマゾンプライムより

  

  感想 

 

 実在したフリーダイバー、ジャック・マイヨールとエンゾ・モリナリをモデルに、

「レオン」のリュック・ベンソン監督が脚本を手掛けたフィクション。

 

名前こそ実在の人物を使っているが、ストーリーは全くのフィクションであり、

二人の人生や性格など、その他諸々の要素は本人たちとほぼ関係ないらしい。

 

しかし、ジャックとエンゾ、二人が海に魅せられ、海を愛したことは紛れもない

真実だろう。

 

 

フリーダイビングと言っても、知識のないものにとっては「あー、素潜りね。」

くらいにしか思わないが、競技としては現在様々な種類のフリーダイビングがあるようだ。

 

フィンをつけたり、つけなかったり、ガイドロープを使ったり、使わなかったり。

浮く、泳ぐ、潜る、など、様々な要素の組み合わせがある。

 

この映画では、フィンを装着し、ガイドロープをつたって重しで潜水していき、

潜水の距離と無呼吸の時間の長さを競っている。

 

1976年、ジャック・マイヨール本人は100mの素潜りに成功しており、現在同じタイプの競技での世界記録は214メートルだそうだ。

 

 

 

冒頭、緩やかな音楽と共に、ギリシャの島の傍らをカメラが水面を滑っていく。

白黒の映像が不思議なほど良く調和している。

 

クジラやイルカの鳴き声を模しているのだろうと思われるシンセサイザーの音が入り、

まるで深海の中を漂っているかのようなメロディーから、徐々に水面に向かって浮き上がっていくようにジャジーなゆったりとしたメロディーに変わっていく。

 

少年ジャックが海に飛び込むと、また深遠な海を感じさせる音楽に切り替わる。

 

映像と音楽が、海の美しさ、静けさ、豊かさ、恐ろしさ、色んな側面を感じさせる。

 

そして、 海と島と少年のシンプルな画面が、

これから始まる二人の物語を予感させる。

 

 

ジャックとエンゾは、ギリシャの小さな島で少年時代を過ごす。

 

子分を大勢従え、海は俺のものだと言わんばかりに自信満々のエンゾだが、

寡黙で海に潜るのが上手いジャックには一目置いている。

 

ある日、ジャックとジャックの父と叔父の3人で漁をしていると、

海に潜っていた父が溺れて死んでしまう。

 

そこを目撃してしまったエンゾ。

 

 

 

時は流れ20年後、ジャックは事故で沈んだトラックが沈むチリの凍った湖で、

科学的な人体の研究に応じていた。彼が驚異的な潜水能力を発揮するとき、

体はいったいどうなっているのかを調査するためだ。

 

そこへ、ニューヨークから保険の調査員であるジョアンナがやってくる。

 

 酸素ボンベも背負わず、フィンのみで氷に覆われた湖に吸い込まれていくジャック。

 

測定結果がジョアンナの前で現れてくる。

 

彼の心臓の鼓動はだんだんと遅くなり、血液は脳に集まり手足には回らない。

イルカやクジラにしか見られない珍しい特殊な現象を目の当たりにする。

 

コーヒーを差し出したジョアンナを見つめ、

「会ったね。」「水の中で。」と話しかけるジャック。

「いえ、小屋で」と答えるジョアンナに、少し思案して、

綺麗な歯を見せて笑ったジャック。

 

「イルカに似てる」彼が答える。

 

 

恋に落ちるのは、いつだって一瞬なのだ。

 

 

イタリアに暮らすエンゾは、フリーダイバーとして世界一になっていたが、

シチリア島で開かれる予定の世界大会にジャックを出場させるべく、

彼を見つけ20年ぶりに会いに行く。

 

ジャックとエンゾ、そしてジャックを追ってやってきたジョアンナ3人の

日々 が始まる。

 

パーティーで華麗にピアノを弾くエンゾ。

酔った勢いでスーツのままプールに飛び込んだ二人は、

水の中で酒盛りをし、失神するまで続ける。

 

プールの底に座り、お互いグラスを持って乾杯し、ワインボトルを傾ける。

このシーンは本当に印象的。

 

海を、潜水を人生の一部としてきた男二人の、

時間は経っても変わらない絆のような、

「友情」なんていう言葉が陳腐に聞こえてしまう、

そんな強い関係を感じる、素晴らしいシーンだ。

 

 

「やっと歩き方を覚えた子供みたいだろ?」

ジャックの事をそう言ったエンゾは、彼の事を誰よりも良く知り、

誰よりも案じていて、誰よりも認めている。

 

「言っておく。あいつに熱を上げてもムダだ。」

「あいつは人間じゃない。異星人だ。」

 

幼いころ、母はすでにいなかった。

「溺れたら人魚が海で助けてくれる。」そう言って父は海の中に消えていった。

 

湖の氷の中で、ジョアンナに会ったと言ったジャックの、

どうしようもない孤独を、担架で運ばれた夜に初めて知ったジョアンナ。

 

 

「僕の家族だ。」

そう言って、水族館のイルカを紹介するジャック。

 

ことあるごとにジャックはイルカと泳ぐ。

 

始めて男女の関係になった夜も、イルカの声が聞こえると、

ベッドを抜け出したジャックは、朝までイルカと泳ぎ続けた。

 

 

 岩場で一晩中彼の帰りを待ち、眠ってしまったジョアンナ。

 

ジョアンナの失望に、何が起こったかわからないジャック。

 

 

何かにとりつかれ、魂まで持っていかれた男性に出会う確率は

そう多くはないだろうが、万が一、出会ってしまったら要注意だ。

 

若い女性には言いたい。「逃げろー!!」と。

特に平凡で安定した人生を求めるならば。

 

しかし、そういう人に限って、ジャックのように抗いがたい魅力を持っている、

ということが悩ましい。

 

その瞳に絡めとられたが最後、抜け出すのは容易ではないのだ。

 

それでは抜け出せなかったとき、どうするのか。

もう、これは覚悟を決めるしかない。

 

彼にとって、自分が一番になることは永遠にない、

ということを胸に刻み進むしかない。

 

 以下、ネタバレです。

 

失望したジョアンナはニューヨークへ帰る。

駅まで送ったジャックは「行くな」と言えない。

 

エンゾに当たり散らし、エンゾに慰められ、

何かの仕事で潜った深海で、潜水服を着てエンゾと踊った。

 

エンゾ役のジャン・レノの演技は素晴らしい。

常に反抗的で、挑戦的で、自信たっぷりな、大柄でだみ声のエンゾ。

しかし、彼の心の奥には、実は常識的で洞察力に優れた大人の男性も住んでいる。

そんなエンゾを、本当に魅力的に演じている。

 

 

ジョアンナは気づくべきだった。

これ以上深入りすると、危険だということに。

 

しかし、そんな理性が効かないものが「恋」なのだ。

 

「会いたい」衝動は抑えられない。

 

仕事も辞め(正しくはクビ)、

ジョアンナの人生の時間は全てがジャックのものとなった。

 

激しく愛し合う最中でも、彼は深海を想う。

 

「愛してる」と耳元で囁いた言葉は、ジョアンナただ一人に向けられた言葉なのか。

 

 

大会は進行し、エンゾが世界記録を更新すると、

ジャックは、その記録を大きく上回り更新する。

 

ジャックの出した記録は、これ以上の記録更新は人が死ぬレベルだという医療チームの見解により、大会が中止となる。

 

今まさに潜水しようとするエンゾに、中止を伝えに行ったジャックだが、

「負けてたまるか」

そう言って、潜水してしまったエンゾ。

 

父の最後の姿が目に浮かぶ。

溜まらず海に飛び込むと、エンゾは瀕死状態だった。

 

抱えて陸にあがったものの、

「お前の言うとおりだ。海の中がいい。沈めてくれ。」と言って目を閉じるエンゾ。

 

エンゾはジャックの手により、漆黒で無音の世界へとたった一人で沈んでいった。

 

エンゾを見送ったジャックもまた瀕死状態で陸へと帰ってくる。

 

電気ショックで一命はとりとめたものの、明らかに様子がおかしいジャック。

 

愛するジョアンナも目に入らない。

 

 

 

その夜、引き留めるジョアンナを振り切って、海へ向かうジャック。

 

「妊娠したの」というジョアンナの告白も、彼の心には届かなかった。

 

「行って。そして見てきて。私の愛を。」

そう言って、ジョアンナは海底へと導くマシーンのストッパーを外す。

 

 

漆黒の冷たい世界へぐんぐん吸い込まれていくジャック。

 

底へたどり着くと、一匹のイルカがやってくる。

まるで、ジャックをいざなっているようだ。

 

少し躊躇するように見えたジャックだが、機械から手を放し、

イルカと共に深遠の縁へ消えていった。

 

 

 

「潜るって、どんな感じ?」と聞いたジョアンナに、

「海底はつらい。」

「上がってくる理由が見つからないから。」と答えたジャックは、

実は、ほんの一瞬、陸へ上がっただけの人魚だったのかもしれない。

 

 

彼にとっては、世界記録なんてどうでも良かったことなのだ。

多分エンゾも、気づいていた。でも気づかないようにしていたのだ。

ジャックは次元の違うところにいて、自分は勝てないということが、

エンゾはきっとわかっていた。

 

 

 

若い時に観たこの映画の題名は「グレイト・ブルー」だった。

 

この作品は色んなバージョンがあるようで、

私が最初見たものは結構カットされているシーンがあったように思う。

 

確かにこの完全版は、少し冗長で、このシーンいるかな?というシーンもあった。

(特に、この世界大会に日本人が何故か参加していて、1,2,1,2と掛け声をかけながら5人くらいで登場し、潜水者は潜る前に過呼吸で失神する場面。みんな、ダサい日の丸の潜水スーツを着ている。笑)

 

それでも、冒頭のシーンからラストまで、海の中にいるような音楽で包み込み、

愛や宿命や友情や、そういった人間の美しい部分を美しい景色と共に、

存分に味合わせてくれる素晴らしい作品なのだ。

 

 「レオン」とともに後世に残したいリュック・ベッソン監督の傑作だと思う。

 

 

 

ジャック・マイヨールを演じたジャン=マルク・バールは本当に魅力的。

ドグマ95のトリアー監督の作品「奇跡の海」や「ダンサーインザダーク」にも

出ていたようだが記憶にない・・