人生の《処方箋的》映画考

この「ままならない人生」を歩むとき、一つの映画がそっと、背中を押してくれる時もあれば、優しく寄り添ってくれるときもあります。 心を癒し、また、鼓舞してくれる映画を中心に、感想を綴っています。

タリーと私の秘密の時間

 

 

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  作品情報 

 

原題   Tully

監督   ジェイソン・ライトマン

脚本   ディアブロ・コーディ

出演   シャーリーズ・セロン

     マッケンジー・デイヴィス

     ロン・リビングストン

公開   2018年8月17日

時間   95分

制作   アメリ

 

  あらすじ 

 

「わたし、ひとに頼れないの」──仕事に家事に育児と、何ごとも完璧にこなしてきたマーロだが、3人目の子供が生まれて、ついに心が折れてしまう。そんな彼女のもとに、夜だけのベビーシッターがやって来る。彼女の名前はタリー、年上のマーロにタメグチで、ファッションやメイクもイマドキ女子だが、仕事ぶりはパーフェクト。荒れ放題だった家はたちまち片付き、何よりマーロが笑顔と元気を取り戻し、夫のドリューも大満足だ。さらにタリーは、マーロが一人で抱え続けてきた悩みの相談にのり、見事に解決してくれる。だが、タリーは何があっても夜明け前に姿を消し、自分の身の上は決して語らない。果たして彼女は、昼間は何をしているのか? マーロの前に現れた本当の目的とは──?                               amazonprimeより

                   

  感想 

 

自分で自分の世話をする。

 

この当たり前で簡単なことが出来なくなるのが「子育て」時代だ。

 

お腹の中にいてくれる間はまだいい。

24時間は自分だけの為に使えるから。

 

起きたいときに起きられるし、食べたいときに食べられる。

眠たければいくらでも眠っていられる。

 

誰にも邪魔されず、本を読むことも出来るし、

散歩したければ、晴れでも雨でも、いつだって出掛けることが出来る。

 

きちんと髪をとかし、スキンケアを入念にして、化粧に時間をかけ、

マニュキアだってできる。

 

 

それが…

 

お腹から赤ちゃんが出てきた途端、

24時間は自分の意志では自由に使えなくなる。

180度、生活がひっくり返る。

 

それが、子供を育てる、ということだ…。

 

 

マーロには生まれたばかりのミアの他に、二人の子供がいる。

幼い二人はまだまだ手が掛かり、特に長男は情緒が不安定で落ち着きがなく、

何かにつけ大声を出す。

もしかしたら精神的な障害を持っているかもしれず、心労も絶えない。

通っている学校からは転校を促されている。

 

夫は良い人間だが、子育てにはあまり積極的に関わってこない。

何も言わないマーロに任せきりだ。

仕事から帰り、ちょっと子供の宿題を見るだけ。

毎日ベッドでゲームをして眠りにつく。

 

誰にも頼ることができず(頼ることをせず)、

たった一人で3人の子供たちの面倒を見る。

夫の事は愛しているが今は「母」に生活の重心があり、

スキンシップもなく、孤独と不安と戦いながら、

まじめに、真摯に子供たちと向き合う毎日。

本当に立派な母親だ。

 

現在、日本では核家族化が進み、親と住まなくなってマーロのようにたった一人で

子育てをする人が増えている。

保育園に預けて仕事をする人は別として、近所に知り合いもなく、

親は頼りたくても遠くに住み、夫も仕事で朝早くから出ていき帰りも遅い。

小さな命をたった一人で守っている母親はきっと沢山いることだろう。

 

小さな命を守るという事は、気の抜けない本当に大変な仕事だ。

食べさせ、生活の環境を整え、健やかな体や心の成長を助け促し、様々なトラブルや

危機を回避しなければならない。

子育てに休日はなく、24時間、何年も続いていく。

 

それをマーロのように3人を独りで見るということは、計り知れない母親自身への

負担がのしかかる。

 

自分自身の精神を平常に保つことすら難しくなってくるということは、

子育ての経験のある人なら大きく頷けることなのではないだろうか。

 

 

ベビーシッターを雇ったり、息子をカウンセラーに診せるお金の余裕もなく、

孤軍奮闘するマーロ。

兄の計らいで夜だけのベビーシッターを雇えるようになり、

少しずつ何かが変わる気配がしてくる。

 

 マーロが寝ている間に、完璧な仕事をするベビーシッターのタリー。

ある夜は、8年越しの床の汚れを綺麗に掃除し、花を飾って帰っていき、

またある夜は、色とりどりのカラフルで美味しそうなカップケーキを焼き、

マーロを喜ばせたタリー。

そしてある夜は、一緒にお酒を飲み、夫婦生活についても相談に乗ってくれ…

 

タリーが現れ、マーロは元気を取り戻していくかに思われるが、

物語はしかし、思わぬ方向へと舵を切っていく。

 

 

この作品の為に、マーロを演じたシャーリーズ・セロンは24時間食べ続け、

20キロ以上も体重を増やしたらしい。

「モンスター」の彼女も素晴らしかったが、

この作品でも、子育てに疲れ自分自身の心も体もケアできずに、

もがき苦しむ母親を見事に演じていて素晴らしかった。

 

妊娠すれば体形は次第に崩れてくる。

いたるところに脂肪はつき、胸は大きくなり、腰もお尻も大きくなる。

イカのような妊娠線だってできる。

一度大きくなってしまったお腹は、産んだ後もなかなかへこんではくれず、

出っ張ったまま…

お乳で育てようとすれば、綺麗だったおっぱいもだらしなく変形していく。

 

自由で美しい「独りの私」から「二人で一人の私」を経て、「二人」になっていくように、否応なく心も次第に変化させていかなければならず、少しずつ「母親」になっていかなければならない。

 

妊娠、出産の神秘を良く耳にするが、女性にとってその体調の変化や心の変化は、

そんな綺麗ごと一言では言い表すことのできないほどの天変地異なのだ。

そしてそれは、母親一人ひとりが乗り越えていかなければならない。

 

だからこそ、当たり前のように産み育てることの尊さと難しさを、家族が一緒に

受け止めてほしいと思うのは母となる女性の甘えだろうか。

 

 

過酷な子育てに少しずつ疲弊していき、

理想の自分とのギャップに無意識に苦しみ続けるマーロ。

 

人間は自分が幸せでなければ、基本的に他人も幸せにすることはできない。

疲れ果て着替えるだけで精一杯の日々では、いくら良い母親でも、

いつかはきっと体と心のどちらかが悲鳴をあげる。

 

タリーは言う。

「自分をケアして、毎日シャワーをあびて、デンタルフロスもして、

 足を触られたくなくても、たまにはペディキュアも」

 

 

 今だから言えるのかもしれないが、あの頃の私にも言ってあげたい。

 

自分の分身でもある子供は勿論大切な宝物だが、

それと同じくらい自分自身も大切にしてあげよう。

 

自分自身も、大切な人のように扱って。

 

自分自身を労わり慈しみ、自分自身に無頓着でいることをやめよう。

 

独りでゆっくりお風呂に入るために、誰かを頼ろう。

美容院に行くための自分の時間をつくれるよう、誰かに子供を託そう。

 

勇気を出して、誰かを頼って。

 

弱音を吐いたり、愚痴を言ったり、助けを求めたからといって、

あなたが母親失格だなんて、誰も責めたりしないのだから。