人生の《処方箋的》映画考

この「ままならない人生」を歩むとき、一つの映画がそっと、背中を押してくれる時もあれば、優しく寄り添ってくれるときもあります。 心を癒し、また、鼓舞してくれる映画を中心に、感想を綴っています。

「バグダッド・カフェ」

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  作品情報 

 

原題   Out of Rosenheim

監督   パーシー・アドロン

脚本   パーシー・アドロン

     エレオノーレ・アドロン

出演   マリアンネ・ゼーゲブレヒト

     CCH・パウンダー

     ジャック・パランス

公開   1989年3月4日

時間   91分

制作   西ドイツ・アメリ

 

  あらすじ 

 

ラスヴェガス近郊の砂漠にたたずむ、さびれたモーテル"バグダッド・カフェ"。そこに現れたのは旅行中に夫と別れたばかりのドイツ人女性ジャスミンだった。家庭も仕事もうまくいかず、常に"怒り"モードの女主人ブレンダは、言葉も通じない珍客にストレスをつのらせるばかり。だが、いつしかジャスミンの存在は、この店をオアシスのようにうるおし始めるのだった……。   アマゾンプライムより

 

  感想 

 

乾いた砂漠の真ん中に立つ寂れたカフェとモーテル。

 

どこもカラカラに乾いて、砂埃を舞い上げて風が吹きすさぶ。

無機質で大きな塊のトラックが時折立ち寄り、

一層激しく砂埃を巻き上げる。

 

小さな砂の粒子が、のどの奥にへばりつき、

髪は乾いた風にごわごわにされ、体中の水分が無くなりそうな感覚に陥る。

 

カフェの女主人ブレンダの心もまた乾ききっていた。

少しくらいの優しさでは、乾いてひび割れた心を潤すことはできない程に。

 

仕事に身をいれない夫、日がな一日雑音にしか聞こえないピアノを弾く息子。

娘はおしゃれに男の子に、と青春を謳歌するのに忙しい。

小さな赤ん坊の世話もある。

 

お客は日にトラックが2台程度しか来ない上に、

壊れたコーヒーマシーンが夫の物忘れのせいでいつまでも治らない。

 

どなりちらし、空き缶を投げつける。

 

夫が出ていき、疲れ果て乾いた心から、

まだ微かに残っていた水分があふれ出るように頬を涙がつたう。

 

主題歌の「コーリングユー」の物悲しいメロディーが、

侘しさと心もとなさを一層掻き立てる。

 

 

羽付きの奇妙な帽子をかぶった異国の女性ジャスミンは、

そんなブレンダの前に突然現れた。

 

旅の途中で喧嘩別れした夫の荷物を引きずって。

 

 

突然の異邦人を怪しむブレンダ。

 

煙たがられ、警察に通報され、落ち込むジャスミンだったが、

次第にその存在感を放っていく。

 

埃だらけだった事務所やモーテルの部屋をさっぱりと掃除し、

 

ほったらかしにされ、がみがみと怒鳴られていたばかりの子供たちに心を寄せた。

 

一緒にファッションを楽しみ、ブーメランをして遊び、

ピアノの音に、目を閉じて真剣に聴き入る。

 

そして、赤ん坊を愛しく抱きしめる。

 

ジャック・パランス演じるモーテルの住民が、

ジャスミンをマリアのように崇め、魅かれていくのも納得なのだ。

 

男物のワイシャツにピンクのスカーフを肩にかけたり、腰元に巻いたりと

色んなバリエーションで楽しみながら上手に使い、

夫のブルーの部屋着は肩の部分を切ってセクシーにリメイク。

 

あるもので、工夫して毎日を楽しんでいるのがわかる。

 

 

どこかの国の諜報員でもなく、犯罪者でもなく、

ジャスミンは典型的な「主婦」だった。

 

主婦の力を思い知る。

 

「子供はいないの」と告白したジャスミンに、

ブレンダの心が揺れる。

 

少しづつ、近づいていく二人。

 

ジャスミンの存在感に、ブレンダもだんだんと心に潤いを取り戻し、

女性らしい笑顔としぐさをのぞかせる。

 

多くは語らないが、色んなことを抱えて生きる

女たちの連帯感のようなものが芽生えたような気もして、

「友情」という言葉が浮かぶ。

 

 

生きるとは、「生活」すること。

 

生活することを蔑ろにするのは、

自分自身を大切に扱わないのと同じこと。

 

 しかし、ブレンダのように心が乾ききってしまうと、

カチカチに固まった心は、柔軟に動かない。

 

怒りや虚しさ、寂しさ、やるせなさ、といった

「負の感情」に自分自身が支配されてしまうからだ。

 

ジャスミンは多くを語らず、グッと色んな思いを心に抱き、

ラクタを捨て、必死に床を磨き、電話や机を洗う。

 

よどんで汚れた空間は、全てを停滞させ、

そこに住む人々も行動できなくさせる。

 

流れない水が腐っていくのと同じように。

 

ジャスミンのお陰で、よどんだ空気が一変し、

砂漠に新しい風が舞い踊る。

 

激しい嵐のような風も、ジャスミンがいるだけで、

なぜか心地の良いものに感じる。

 

夫のおもちゃのような手品の箱でマジックを覚え、

カフェに集う人々を楽しませる頃、

音楽は「コーリングユー」から軽快で楽しいものに変わっていく。

 

次第に沢山の人びとが「バグダッド・カフェ」に集まり始め、

手品を見せる楽しい店として繁盛し始める。。。

 

 

物語に起伏はなく、砂漠にたたずむカフェの日々を切り取っただけなのに、

観終えると、心の隅々まで潤った感じがするのはなぜだろう。

 

それは、ジャスミンの魅せる「人間力」が、

観るものを惹きつけるからではないだろうか。

 

夫と喧嘩別れをし、旅先の全く知らない土地に独りでたどり着き、

この先の未来の展望も危うい。

味方は一人もなく、手の中にあるものは男物の服や日用品だけ。

 

マイナスばかりの現在を、次第にプラスに変えていく「人間力」。

 

見た目が美しいとか、IQが高いとか、お金を沢山持っているとか、

有名人であるとか、そんなことではなく、

生きていく上で一番大切なこと、それは「人間力」だと思う。

 

生活すること、人とコミュニケーションをとること、仕事をすること、

全てをトータルした「人間力」のある人は、

どんな環境にも柔軟に適応し、人を惹きつける力を持っている。

 

 

全体的にくすんだ色を基調とした画面と、

砂漠の黄色と空の青を、映像の上に敢えて乗せ、くっきりと境目を分けたシーン、

アンニュイな「コーリングユー」が不思議なほど心に突き刺さる。

 

永遠と続くかのように思われるアスファルトの上を、

ガラガラと夫の荷物を引きずって歩くジャスミンに会うために、

私は何度この映画を観たことだろう。